どっかに行こうと私が言う
どこ行こうかとあなたが言う
ここもいいなと私が言う
ここでもいいねとあなたが言う
言ってるうちに日が暮れて ここがどこかになっていく
「ここ」(谷川俊太郎)
―いふうどうどうときどきのんびり、くるくるなまいにち―
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080918
■蔵前
空蓮房(長應院内)
楢橋朝子「another side」 御浄財\50
柔らかな角を無くした淡い白い空間はまどろみとまどろみよりも深い光と闇を作出す。
「対彼岸」とも言い換えられた写真家楢橋の回顧とも言える今回のインスタレーションはその柔らかなまどろみの中に彼女のアイデンティティの一つ「水間から覗き見える風景」に重なり、彼方という彼岸から我と我々の世界を覗き見ている。
長應院住職にして空蓮房房主谷口氏の言葉に耳を傾ける。
若く聡明なこの主は、継者という因果に伴う自分の戻る場所――寺に新しい宇宙(コスモ)を作った。
11/1(土)本堂にて講演会あり、DMを送って下さるとの事で芳名をして発つ。
身を委ねたい場所を創る思慮の深さよ。
自己よりも他者のために。
それが「救い」だろうか。
■蔵前
空蓮房(長應院内)
楢橋朝子「another side」 御浄財\50
柔らかな角を無くした淡い白い空間はまどろみとまどろみよりも深い光と闇を作出す。
「対彼岸」とも言い換えられた写真家楢橋の回顧とも言える今回のインスタレーションはその柔らかなまどろみの中に彼女のアイデンティティの一つ「水間から覗き見える風景」に重なり、彼方という彼岸から我と我々の世界を覗き見ている。
長應院住職にして空蓮房房主谷口氏の言葉に耳を傾ける。
若く聡明なこの主は、継者という因果に伴う自分の戻る場所――寺に新しい宇宙(コスモ)を作った。
11/1(土)本堂にて講演会あり、DMを送って下さるとの事で芳名をして発つ。
身を委ねたい場所を創る思慮の深さよ。
自己よりも他者のために。
それが「救い」だろうか。
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