どっかに行こうと私が言う
どこ行こうかとあなたが言う
ここもいいなと私が言う
ここでもいいねとあなたが言う
言ってるうちに日が暮れて ここがどこかになっていく
「ここ」(谷川俊太郎)
―いふうどうどうときどきのんびり、くるくるなまいにち―
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忙しい毎日と色んなものを夢想する余裕に、「ああ、事故で自分に足がなくなってしまったら」とか「窓さえ開けるのを禁じられた日々に戻るとしたら」と立ち返り怖くなることがあります。
特にそれは満たされた後に潜む余韻の中。
駅で特急が通過した一瞬の後のようなその時に。
「夢は叶ったか、憧れはあるか――それは手に入るのか」と自問しては、力・才・知のない自分に白い目を向けて。
表層的な現実に立ち向かうのは結構大変なんだ。
それでも足が竦まないのは、自分の見つめるものへの信頼なのかなーと思うのです。
向かう方向、歩く・走る・見るにワクワクするから。
今度はどこに行こうかな って気持ちが顔を上げる力になる。
それが私の好きなこと。
あの人とも話したけど
「本当に好きなことは一人で楽しみたいよね。
そういう気持ち持って、知って、お互いを理解したいね。
そして見てきた楽しいこと、凄いこと教えあいたいね」って。
淡白でドライに見える私達だけど、縛らないゆえ気付いたら分解しそうな関係だけど、それはそれで素敵だと思うんだ。
うん。
あの人とも今度はいつ会えるかな。
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